登山における膝の痛みとは
急な上り下りや重い荷物、長時間の活動などにより、膝関節に過度の負担がかかることで痛みが生じることがある。
関節痛の種類と原因
今回の登山で生じた急性痛と元々呈していた慢性痛が過度の運動で顕在化した場合がある。それぞれで症状・原因が違うので、対処方法も異なったものになる。
ステップ①:膝の痛みの症状を確認しよう
①痛みの場所・程度・きっかけ・どんな時に痛むか・どのくらい痛みが続いているか。
②熱感・腫れの有無
③既往歴(昔骨折や捻挫などをしたことがあるか。前にも痛くなったことがあるか。腰まわりの疾患はあるか。)の影響やすでに変形性膝関節症などによる骨などの変形が生じていないか。
ステップ②:膝の痛みの原因を分析しよう
急性痛(元々膝の痛みはなく、今回の登山によって生じた痛み)
①捻挫など筋や靭帯の損傷を伴う場合:足を滑らした、転んだ、関節に外力が加わったなどの要因による捻挫。損傷の回復に少し時間がかかる。
②一時的なダメージによる場合:荷物の重さ・勢いをつけて接地などの膝関節への衝撃やひねりを加えた屈伸運動などによる軽度の筋・靭帯の損傷、または過度な筋収縮による筋膜や筋肉の肉離れや長時間の筋収縮による筋肉痛による痛み。
慢性痛(普段から膝が痛むことがある。または登山に行くと膝が痛くなることが多い。)
③膝関節周囲そのものにアプローチが必要な場合:変形性膝関節症や既往の靭帯損傷、膝関節自体に器質的な変化が生じてしまっているもの。また、膝関節周囲の筋肉や靭帯などが硬くなっていたり、筋力が低下していることにより生じるもの。
④膝関節だけでなく、周囲の筋肉の柔軟性や筋力、全身の姿勢にもアプローチが必要な場合:O脚やX脚、反り腰、猫背、偏平足など不良姿勢や骨盤・体のゆがみにより、膝関節に過度でアンバランスな負荷がかかり生じてしまっているもの。また、それらの影響によって、膝関節周囲の筋肉の硬さや筋力もアンバランスになっていることが原因で生じているもの。
⑤体重の減少、荷物の軽量化、コース選定の仕方の見直しなどが必要な場合:体重や荷物などによる負荷の増大と、長時間の登り下りによる膝関節の屈伸運動に起因するもので、現状の筋力や体力で対応できるレベルを超えてしまっていたもの。
*実際には、体重の減少は慢性痛だけでなく急性痛の予防にもなります。また、姿勢の改善や膝関節周囲へのアプローチは慢性痛の予防だけでなく、バランス能力の向上や登山における歩き方の技術向上にもつながり、結果的に転倒や捻挫、膝の痛みの予防に効果が期待できます。(慢性痛の予防は、根本的な原因に対する対策にもなるので、急性痛の予防にもつながります。)
ステップ③:膝の痛みに対し対処しよう
急性痛:痛みを軽減させるため
①捻挫など筋や靭帯の損傷+一時的なダメージで熱感・腫れの伴う場合:RICE処置を行うことで、炎症を生じている部位への血流を抑えることで、症状の悪化を防ぐ。R:Rest(安静)、I:Ice(冷却)、C:Compression(圧迫)、E:Elevation(挙上)。下山後になるべく早く行う方が効果的になります。登山している最中に痛みが生じている場合も適応できます。痛みが強くなってきたら休憩する。休憩中に冷却スプレーで患部を冷やす。腰かけて足を高くして休む。
②一時的なダメージで熱感・腫れを伴わない場合:疲労により筋肉が硬くなっていて、血流が悪くなり、疲労や痛みの成分がたまってしまっていることが痛みの原因の場合は、患部や全身の筋肉を温めて、ほぐすことで痛みからの回復を促進する。具体的には、温泉に入ったり、膝関節を温湿布などで温める。膝関節周囲や全身のマッサージ・ストレッチを行い、硬く縮まった筋肉をほぐして伸ばすことで、血流の改善を図る。ただし、急性痛(炎症を伴うケース)との識別が難しいため、膝関節の痛みが強い場合は、患部は冷やし、周囲の筋肉や全身は温め、ストレッチする。膝関節周囲は軽めのマッサージにするなど軽めのケアにして様子を見るなど注意して行う。
慢性痛:痛みを予防するため
③膝関節周囲へのアプローチ(ここでは最低限のものをご紹介します。詳しく知りたい方は、「」をご参照ください。)
③ー1:膝のお皿のマッサージ:膝のお皿には、膝の関節の曲げ伸ばしをスムーズにさせたり、効率よく筋力を発揮させる働きがあります。そのため、お皿の周りの筋肉や軟部組織が硬くなると痛みの原因になります(お皿の周りが直接痛くなる場合と、動きが悪くなることで膝関節の内部や周囲の筋肉が痛くなる場合とがあります)。方法①:膝のお皿の周りをマッサージする。お皿はわずかですが上下左右に少し動くのが正常な状態になります。上方を両手の親指で左右にマッサージしたり、下方は人差し指などやりやすいやり方で行って下さい。方法②:お皿を上下左右に動かします。
③ー1:膝の裏側のマッサージ:膝が痛くなりやすい方は膝の裏側が硬く盛り上がっていることが多いです。ここの筋肉が硬く縮まってしまうことで、膝関節の隙間(大腿骨と下腿骨)が狭くなってしまいます。その状態で長時間の屈伸運動を行うと、疲労により筋肉はより縮まり、膝を守ってくれる筋肉も弱くなります。その結果、膝関節の隙間はより狭くなり、ひどいと関節の軟骨がこすれてしまいます。また、膝裏の筋肉が硬くなることで、膝やふくらはぎへの血流も悪くなり、膝の動きの低下や痛みを生じさせます。方法①:膝の裏側をマッサージする。両手で膝をつかみ、人差し指~薬指で膝裏の真ん中あたりを左右にマッサージします。ちょうど曲がるところの一番奥なので場所はわかりやすいかと思います。少しふくらはぎの方も触ってみて、もし硬いようならばそちらもマッサージしてほぐして下さい。注意点としては、膝の裏側の奥に血管や神経が通っているので、あまりゴリゴリと強く押しすぎて痛めないようにして下さい。あくまで硬い筋肉を緩めて、血流を促したり、伸ばしやすくするイメージで行って下さい。
③ー2:膝の裏側のストレッチ:③ー1でゆるめた膝裏の筋肉を伸ばしていきます。膝裏と書いてはいますが、イメージとしては、「太ももの裏側をしっかりと伸ばす」ことが一番大事になります。方法①:仰向け、方法②:座って、方法③:立って(詳しい膝関節や筋肉の解剖も知りたい方は「」をご参照ください。)、注意点としては、呼吸を止めずにゆっくりと深呼吸しながら行って下さい。特に筋肉は息を吐く時に緩む特性があるので、ゆっくりと息を吐きながら伸ばしていくことを意識して行うと効果的に行えます。時間は30~40秒を目安に行って下さい。30秒より短いと効果がでないので、気持ち長めに行うようにして下さい。最初はゆっくりと反動をかけずに、ジワーっと伸ばすようにしてください。慣れてきたらお好みでグッグッと少し反動をかけても構いません。強さの目安は、痛気持ちいい感じで行って下さい。
③ー3:太ももの筋力トレーニング:
④膝関節以外、全身へのアプローチ(ここでは最低限のものをご紹介します。詳しく知りたい方は、「」をご参照ください。)
④ー1:ふくらはぎのマッサージ:足首が硬いと膝関節への負担が増えてしまいます。また、ふくらはぎの筋肉は膝の関節をまたいでいるので、ふくらはぎが硬く縮まってしまうと、③と同様に、膝関節の隙間が狭くなってしまいますので、登山の前後、休憩中などにしっかりとほぐしてあげましょう。方法①:座った姿勢で、ふくらはぎを両手の親指でマッサージしていきます。真ん中をグーっと垂直に押し込んだり、左右に動かしていきます。方法②:すねの骨のきわを両手の親指で押し伸ばしていきます。骨から筋肉をはがすようなイメージで、内くるぶしからすねの骨の真ん中あたりまで少しづつ場所をずらしながら行います。
④ー2:ふくらはぎのストレッチ:④ー1で緩めた筋肉を伸ばしていきます。方法①は立ったまま出来るので、登山の前後、休憩中などにこまめにしっかりと伸ばしましょう。方法①:立って、方法②:両手をついて(詳しい膝関節や筋肉の解剖も知りたい方は「」をご参照ください。)、ストレッチの注意点は③と同様になります。
④ー2:お尻のストレッチ:股関節が硬くても膝関節への負担が増えてしまいます。登山の足の使い方の特徴として、足をひねる動きが多くなります(日常生活で歩く時は足は前後に動かすことがほとんど)。膝関節は本来曲げ伸ばしの動きしか出来ません。そのため、登山のようなひねった足の動きは股関節が行ってくれます。しかし、股関節の動きが硬くなると、膝関節にひねる力が加わってしまうことで、膝の痛みを引き起こしてしまいます。予防として股関節をひねる動きのストレッチ、特にお尻の外側のストレッチが重要になります。方法①:仰向け、方法②:座って(詳しい膝関節や筋肉の解剖も知りたい方は「」をご参照ください。)、ストレッチの注意点は③と同様になります。方法②は登山の休憩中にも行えるかと思います。
④ー3:お尻の筋力トレーニング:
⑤体重の減少、荷物の軽量化+装備での対策、コース選定の仕方へのアプローチ(ここでは最低限のものをご紹介します。詳しく知りたい方は、「」をご参照ください。)
⑤ー1:体重の減少:膝関節にかかる負担は、平地歩行で体重の3~4倍、階段昇降で6~7倍かかると言われています。登山ではそれ以上に膝関節に体重の負担が影響してきます。そのため、筋肉以外の重さ、主に脂肪は少なくすることが、膝の痛みの軽減には必要になってきます。そのため、日頃から食事や運動による体重のコントロールが大切になってきます。
⑤ー2:荷物の軽量化+装備での対策(免荷、防寒):⑤ー1と同様の理由で、荷物が重くなることで膝関節への負担は大きくなります。対策としては、不要なものを携帯しないのはもちろん、テントやウェアなどの装備を軽量なものにすることも大切です。また、膝関節の負担を軽減するために、ストック(杖)や膝のサポーター、テーピングなどを使用することで直接的な効果が期待できます。さらに、サポートタイツと呼ばれる下半身全体を覆うギアもあり、こちらはふくらはぎや腰など膝関節以外の部位もサポートしてくれます。他にもインソール(中敷き)などを使用することで、間接的に膝の負担を軽減してくれる装備もあります。
⑤ー3:コース選定の仕方の見直し:そもそもですが膝が痛くなるということはご自身の身体の状態、膝関節を含む全身の筋力や柔軟性、体力などが、その登山コースを無事達成する上で不足していたと考えることも出来ます。コースタイムや標高差、岩場の有無などがご自身の身体状態・能力で十分に対応できるものだったかどうかを見直してみることも大切になります。筋力や体力が不足している状態で登山を続けることは、安全性はもちろん、膝関節の痛みを悪化させるリスクが高くなります。これから長く、痛みなく、楽しみながら登山を続けるためにも、日頃の身体のケア・トレーニングだけでなく、適切なコース選定を行っていくという視点も重要になってきます。
膝の痛みを軽減する。予防するコツと注意点
上記のアプローチを登山前後だけでなく、日常的にも行うようにする。また、痛みの予防のためには、上記に加え太ももの筋肉など足や体幹の筋力トレーニングも併せて実施することが大切になります。また、痛みを引き起こさないためにも、食事や運動、睡眠による血流の改善や膝関節を冷やさないようにするなどの配慮も大切になります。
膝の防寒
まとめ
痛みの症状から痛みの原因を正しく分析し、適切な対応をすることで、今生じている膝の痛みの軽減を図ります。また、その痛みの原因を引き起こしている根本的な原因も理解することで、将来的に長く、痛みなく、楽しみながら登山を続けられる身体作りをしていくことが大切だと考えます。そのためには様々な方法があるので、必要に応じて組み合わせながら実施することをお勧めします。